とある男の断章

30代ゲイの思うこと

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ちょっとしたズレ

あと一日頑張ったら、お楽しみ…と戦慄のイベントに参加。
あと一日、あと一日。

 

全ノンケの付き合いがそういうわけではないんだけれども、体育会系男が集まる集団だとどうしても話したくないことが話題に上る頻度が高くて嫌なことがある。

 

「自分ゲイなんだけど何か?」とか言えるような人間だったら苦労はしないんだろう。

けども、自分はそうではない。

 

A「彼女できた?え、もしかして彼氏?www 」

わし「いやいやいや」

B「彼氏とかきもっwww」

 

みたいなやり取りの場にいると、ほんのわずかではあるが傷つく。

こういうことには慣れたようにも思うけど、鈍感になって過剰に反応しなくなっただけで、影響はゼロではない。

苦笑いしつつ、若干ウソを言いつつ、下手くそながらのらりくらりとやり過ごす。ということを繰り返していると、本当に疲れる。

 

それから…

本当にこれが一番謎なんだけれども。

なんで、人が女性に興奮している姿を見たいと思うんだろうか。
「おぉぉぉ、真面目ぶってるけどこいつも男だったんだな。ふふふ…」とか思いたいんだろうか…
わし、女性に興奮しねーし。

 

このやりとりだけは本当に無駄に消耗して嫌になる。

変な空気流れたけどこの間は黙った。なんとなく別の話題にすり替えた。

 


そうやって若干真面目なノンケを演じているかと思えば、こっちの人と話しているときはそういうストレスからは完全に解放されており、時にはきわどい話もしたりする。

ま、あまり生々しい話を大人数で話すのはどちらにせよ得意ではないけど、少人数だったらまぁ。飲んじゃってたらまぁ…


この違い、セクシャリティを明かしているか否かという1点においてのみ、たったそれだけのはずなのに、大きなことなんだなぁ…

その2つの間を行き来していると、どれが本当の自分なのかよくわからなくなってしまうときがある。

多重人格というか、パラレルワールドにいるというか、うまく言えないが…

いや、実際はそんなに大げさなことではないのだろう。多分ちょっとしたズレ。

 

ちょっとしたズレとはいえ、蓄積していくとどうなるんだろうか?

 

もしかしたら、ちょっとしたズレだからこその影響があるのかも…


隠れゲイをやっているときは、とても下手くそながら演じている時がある訳で、それは多分本来の自分とはちょっとずれたもの。
完全に違うものを演じているのならば問題はないのだろうけれども、ずれがほんのわずかなものだから、ときどき混乱しているように思う。

 

ついこの間の日曜なんか、昼間は前者で夜は後者…

 

本当はこんなこと言うのは自分じゃないんだけどな…とか思っているのかな。

 


この乖離(浮遊感?)は今後大きくなっていくのか、それともいつからか折り合いをつけられるようになるのか。

 

楽しみなような恐ろしいような。


不思議な体験をしている。