とある男の断章

30代ゲイの思うこと

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ノーという平手でペチペチしたい

一週間に一回くらいは更新してみようの日ということで、こんばんは。

500缶を空けて帰っているのですが、今日は足りなかったみたい。

自分、割と「ノー」と言える方の日本人だと思っていたのに、実際は案外言えないんだなってことにいま気づいた。おせぇ。
だいたいそういう状況って、僕がノーと言っても構わないはずなの、本質的には。ノーと言って困る人がいるとしても、それを解決すべき人もいるわけで、そいつが頑張ればいいじゃんって話なのは、客観視するとよくわかる。
まぁ、でも思うのとそれを表明するのはハードルの高さが違うねんな。

それプラス、根本には自信のなさが影響してる気がする。
自信があったら、相手がどんな反応しても、どんと来いな気がするんよね。自信…全然ないわけでもなくて、自分、わりといい人間で積極的に嫌われる方ではないと思っている。その点は一個良い面なのかな?とは思うのだけれども、自信と言えるものがそんなもんしかないんだよね。
で、これって自分の行動に依存する自信な訳で、ってことは、この自信を保つには行動を律しないといかんわけで、足枷をかけてるようなものでもある。ってなると、八方塞がりなんだな。

他に、自信がありますって言えるものがあったら、上手に逃げられると思う。
逃げると言う言葉がよくないとしたら、取捨を曇りのない目でみられるというかなんというか。

でも、もってないねん。自分の力で生きて行けてないと思っている。

とまぁ、わりと追い込む環境を自ら作ってしまっているように思っていて、それで大変なのもあるのだけれども、それに輪をかけるように、失われた青春を取り戻すかのような活動をもしてるわけで、そんなんキャパオーバーになって疲れるに決まってるのは重々承知してるけど、でも、この活動は捨てたくない。一番大事にしたい。

そんなこんなで、いまちょっと大変かもしれない。倒れないようになんとか、最低限の休みは取れるようにと画策しております。
そして、いい人ぶるの辞めたいわぁ。本質的には、自分のことをとても自己中な人間だと思っている。やりたいこと以外には熱意を注げない。
ただし、自分が苦でないことで人を助けられるなら喜んでします。という程度には良い人間だと思う。本来これくらいのレベルが健全な気さえしますけどね。

はー、なかなか思ったようには出来ない。
もうすこし、迷う日々は続きそうです。

都会へはやく飛び出そうぜよ。